大判例

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大阪高等裁判所 昭和26年(う)45号 判決

論旨はいずれも本件輸送は前田栄の所為であつて、被告人はこれまでも二回同人が輸送し売込みに来た石炭及び豆炭を買取つたことがあるが本件の分は米だと云うので買取りを拒絶し、本件輸送には無関係であると云い、事実誤認を主張するのである。なるほど被告人が本件輪送に干与したことについて、いわゆる直接証拠と目すべきものは記録上存在しないのであるが、原判決挙示の証拠によれば(一)昭和二十四年六月一日頃同年七月二十一日頃及び同年八月三十日頃の三回にわたり発送人岡山県の佐久間産業所荷受人前田栄品目石灰又は豆炭名義の貨物が国鉄石蟹駅から南海本線石津川駅止で貸切貨車積として発送され、同年六月六日、同年七月二十五日及び同年九月一日それぞれ右貨車が石津川駅に到着したのであるが三回共前田栄と称する四十歳位の朝鮮人が佐久間産業所社宅に住んでいる李明星の親戚の者だと云つて同産業所々員田中次郞と交渉して石炭、豆炭などを買受け同人に輸送方を依頼し三回目には石蟹駅長園田久夫等に石灰と一緒に米等を積合せていることを察知されたがそのまゝウ号十噸積貨車に積込んで発送し同貨車は石津川駅に到着後同年九月二日堺市警察署司法巡査に捜索され精米七〇六瓩、玄米二〇三九瓩、大豆一一八瓩その他が差押えられた事実、(二)被告人は前田栄は岡山の人で貨車で荷物を送つて売込みに来たと弁解しているけれども証人李明星の証言によれば前田栄が石粉を買うところないかと尋ねて来たので田中治郞に紹介したがその時前田は大阪から来たと云うていた事実(三)竹田和三郞、西山千代松(何れも日通石津川営業所作業員)の供述調書によれば最初二回共石灰又は豆炭の外に小さい箱詰の荷物が数十個あつて体積の割合に重く日常作業の経験上主食類と思われたが被告人の指示する場所に運搬し、最初の石灰五十俵はそのまゝ今尚石津川駅に残つている状態である事実(四)被告人は第二回目の荷物については貨車到着の二、三日前既に西山千代松に対し貨車番号を告げ「今度も少し食べ物が入つているから工合よくたのむ」と依頼しその荷物が首尾よく被告人の指示する場所に運搬された後同人に正当運賃の外に人夫等に対するサービス料として現金七千円を与えた事実(五)被告人は荷物引取用の前田名義の印顆を自宅に保管して所持し前二回共これを到着原票二枚(証第二号)に押捺して荷物を受取りその後も引続き本件で差押えられるまで自宅の印箱の中に保管していた事実(六)証人岡本柳次郞(日通石津川営業所仲間頭)の証言によれば被告人から三回共貨車到着前又はその直後に貨車番号を持つて来て駅からの荷受運搬を頼まれたが第三回目の貨車は九月一日午後四時半頃到着直後引渡を差止められていたところ、午後五時頃松乃家旅館から一寸来てくれと云うので行つてみると、被告人と見知らぬ男が一人座つていて、被告人が氷を注文したので何も話さず、きかず帰宅していると、午後十時頃被告人の外に三名ばかり酒気を帯びて来て、座敷に上り四人で交々「駅についた荷物を運んでくれ」「兎に角運んでくれ決して迷惑をかけぬ」と云つた事実が明らかであつて、これらの事実を綜合して判断すれば被告人と前田栄との間に本件輸送について深い緊密な連絡のあることが容易に察知され、前田栄なる者が被告人の手足となつて活躍したとは云えなくとも、少くとも両名が事前に協議して実行々為を分担し前田栄は岡山に赴いて発送事務を引受け被告人は到着地にあつて引取り運搬の事務を引受けた事実を推認し得べくその判断には少しも不合理の点を認めない。従て原判決挙示の証拠によつて判示のように被告人が前田栄なる者と共謀の上本件主要食糧を輸送した事実が十分証明されるのである。弁護人は捜索差押調書によると本件米大豆は換価処分されたらしい形跡があるけれども、公団の買受書がないから果して米、大豆なりしや疑わしいし、少くとも手続に瑕疵があると云うけれども、買受書がなくともその他の適法な証拠によつて輸送の目的物を証明することは少しも差支えないことであり、公団の買受書がないからと云つて直ぐに換価手続に瑕疵ありとは云えないし、仮に瑕疵ありとしてもそれは換価手続の瑕疵たるに止まり、採証の法則とは無関係である。論旨は理由がない。

弁護人Kの第二点について。

原判決はその証拠説明として十数個の証拠標目を羅列しているのであるが有罪の言渡をするには罪となるべき事実、証拠の標目及び法令の適用を示さねばならないことは刑事訴訟法第三百三十五条第一項の示すところであつて、いわゆる証拠の標目とは罪となるべき事実に照応し之により犯罪事実を証明するに足る証拠資料の同一性を示す標題、種目を指称するものであることは異論がない。ところで本件のように各証拠の標目から個々の間接事実が認められるだけで、各独立して有罪証明の価値はなく、それが数個又は十数個相集合して初めて綜合的な価値を生み出し、被告人と犯罪事実との結び付きの蓋然性を次第に強めて犯罪の証明えの確信性にまで高めて行く場合には所論のように一応いかなる証拠から、いかなる事実を認定したかを推測せしめる程度に具体的に示すことは望ましいことではあるけれども、論旨第一点において説明した通り、判決に挙示された標目の証拠を綜合して判断すると、おのずから犯罪事実全体が認定し得られるのであるから、理由にくいちがいのある場合に該当しないのは勿論、この証拠説明の方法を目して違法と云うことはできない。論旨は理由がない。

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